ベイマックス 5

ベイマックスただし

上の写真は、ヒロのプレゼンテーションを見ている兄のタダシたち。(インターネットの画像より)

最近テレビで、映画「ベイマックス」が「妖怪ウオッチ」の映画を上回ったと報道があった。その原因の一つは、映画の中にある愛だそうだ。幼いうちに両親がなくなった兄弟。その二人を育てる陽気な叔母さん。ヒロを応援するタダシの仲間たちの友情。ディズニーのスタッフによると、最初重要視されていなかったヒロとタダシの兄弟愛を強調してうまくいったと説明していた。
ヒロのプレゼンテーションのあとにタダシがヒロを引っ張りだしての場面について、テレビでは紹介していた。ジュニア向けの本にはこう書いてある。

“No,” Tadashi replied.
“I was just tell you your fly was down through the whole showcase.”
Hiro looked panicked as Tadashi laughed.

私は本を呼んでいる時に、このflyがわからなかった。ヒロがマイクロボット(microbots)を使って舞台や会場を移動しているのでそのことかな?とも思ったが、ヒロがpanicと続くのでなんとなくしっくりこない。
映画の字幕で、「おまえのズボンのファスナーが下がっていた」という説明があって全て了解。flyには「ズボンのファスナー」という意味があったのだ。
アメリカの子どもたちはこの本や映画を見て「your fly was down 」で笑っていたのだなあと思う。それが映画ベイマックスの人気につながっていたとは想像もしなかった。

ベイマックスは看護ロボット、ロボットが人間社会にはいってきたらどうなるのだろう。そういう考えはずっと昔からある。

校正 Galley Slave

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この本は以前紹介したロボット工学三原則を生みだしたアイザック・アシモフさんの本。(発行 ソニー・マガジンズ)
アシモフさんのロボットもの31篇の短編を集めてあり、全ての短編がおさめられていると言われている。
長編のロボットをテーマにしたものもあるが、短篇集の中に、ロボットと人間の多様な関わりが描かれているのでアシモフさんの考えもわかってくる。 しかも短編なのて読みやすいことは確かだ。

ここであらためてアシモフさんの考えたロボット工学三原則を書いておこう。

第一条  ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条  ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条  ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。    
このロボット工学三原則は50年ほど前に考えだされたもの。 今から見れば不完全に思えるところもあるが、あくまでも小説の世界の原則。その原則のある社会でのロボットと人間の関係がうまく書かれている、と私は思っている。

この本は七つの章に分かれている。
1.非ヒト型ロボットたち
2.動かないロボットたち
3.金属のロボットたち
4.ヒト型ロボットたち
5.パウエルとドノヴァン
6.スーザン・キャルヴィン
7.二つの頂点

この中の「ロビィ(Robbie)」は、話す能力のない金属ロボットと少女の友情がえががかれている。この作品は手塚治虫原作「火の鳥」復活編にあるロビタに影響を与えた言われている名作。

私が一番印象深かったのは「校正」と言う作品。原題の galley slave というのは、「ガレー船をこぐ運命の奴隷」から「つまらない仕事に従事する労働者」と言う意味を持つようになった言葉。
作品のテーマは「校正ロボット」。本の校正を専門とするロボットが巻き起こす事件が書かれている。
論文を書いた学者が、「校正の段階で、校正ロボットによって自分の論文が書き換えられた」と訴える。そんなことがありえるのか? ロボット心理学者のスーザン・キャルヴィンの活躍する話なのだが、結末が考えさせる。

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「書物というものは著者の手で造形されるべきものだ。一章、一章が育っていき、成長していく過程を自分の目で見守るべきだ。くり返し手を入れながら、最初の概念を越えたものに変化していくさまを見守るべきだ。校正刷りを手にとり、活字となった文章がどのように見えるかを眺めながら練りなおしていくべきだ。人間とその仕事の間には、そのゲームのあらゆる段階でおびただしい接触が行なわれるーその接触自体が愉しみであり、創造したものに対する何よりの報いなのだ。あんたのロボットはそうしたものをみんな奪ってしまうんだ」
「タイプライターだって同じじゃありませんか。印刷機だってそう。あなたは大昔の写本の彩飾でも復活させたいんですか?」
「タイプライターや印刷機の奪うものはたかがしれている。だがあんたのロボットはわれわれからいっさいがっさい奪ってしまうんだ。あんたのロボットは校正刷りまで奪ってしまう。いまにほかのロボットどもが、レポートを書いたり、出典を探したり、文章を推敲したり、結論を演繹したり、そんなことまでやってのけるようになるだろう。学者にとってあとに何が残るだろう?・・・」

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今から40年ほど前に書かれた作品。
新井紀子先生のいう「ホワイトカラーの仕事が奪われていく社会」、と呼応するような作品だ。 
ロボットを考えることは、人間について考えていくことだとあらためて感じる。

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左の本は図書館で見つけた本。

ブログで紹介したアイザック・アシモフ作「ロビィ」と手塚治虫作「火の鳥復活編AD3009」が掲載されているSFアンソロジー「SFセレクション2 ロボットvs.人類 」(赤木かん子編 ポプラ社)。

収録されている作品は、
1.ロボットという言葉はどのように生まれたか(カレル・チャペック)
2.ロビィ(アイザック・アシモフ)
3.火の鳥復活編AD3009(手塚治虫)
4.フレンドシップ2(矢野徹)
5.アンドロイド・アキコ(古田足日)
6.宿命(星新一)
7.未来世界の構築(ジェリー・パーネル)

自分で考えるロボットがこのアンソロジーの背景にある。

 

 

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