バンクーバーの朝日

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映画「バンクーバーの朝日」を見た。
封切り一週間前、大阪御堂会館での試写会に行った。封切りまでにブログに書くのはちょっと遠慮したが、テレビでは結構人気のようなので私の感想を書いておこう。 これは「見て損しない映画」の一つだと思う。
映画の内容は、映画の公式ホームページが上手に紹介している。

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2002年5月15日、カナダ・トロント。地元ブルージェイズがシアトル・マリナーズを迎え撃つ一戦で始球式が行なわれた。イチローや佐々木、長谷川が見守る中、マウンドに現れたのは東洋人と思われる5人の老人。彼らがボールを放つと観客は一斉に湧き、球場はスタンディングオベーションで包まれた 。
彼らは、戦前のカナダ・バンクーバーに実在した日本人野球チーム”バンクーバー朝日”の選手たちだったー。
19世紀末から戦前にかけて、貧しい日本を飛び出し、一攫千金を夢見てアメリカ大陸へと渡った日本人たち。しかし、そこで待ち受けていたのは低賃金かつ過酷な肉体労働と人種差別でした。やがて日本人たちは日本人街をつくり、そこで肩を寄せ合うように暮らしました。そこに一つの野球チームが生まれます。チームの名は”朝日”。

身体が小さく非力な彼らは最初、白人チームのパワープレーにまったく歯が立ちません。しかし、バント、盗塁、ヒットエンドラン、スクイズ、俊敏な捕球といった小柄な日本人の特性を生かした戦術を徹底して磨くことにより、徐々に大柄な白人チームを負かし始めます。最初は白人たちからも馬鹿にされていた弱小チームでしたが、”アリが巨像を倒す”痛快さと、どんなラフプレーにも抗議をしないひたむきな姿に、やがて日本人たちだけではなく白人たちまでもが熱狂していきます。そして、彼らはついに西海岸の白人リーグを制しチャンピオンまで登り詰めるのです。
実社会で巻き起こる差別、排斥をベースボールというスポーツを通して乗り越え、日本人と白人を一つに結びつけるという”奇跡”は長く語り草になるはずでした。しかし、1941年の真珠湾攻撃によりすべての日系移民は強制収容所へ移住させられてしまいます。日本人街は消滅、”朝日”の存在は日本人街の記録とともに歴史の闇に葬り去られてしまったのです。しかし後年、このまま日系移民に起きた事実を風化させてはいけないと立ち上がった人たちがいました。その思いはやがて大きな力となり、メジャーリーグでの始球式へとつながったのです。この話はこれだけで終わりません。翌2003年、”朝日”はカナダ野球の殿堂入りを果たしたのです。式典の目玉はメジャーリーグで数々の記録を残したスター選手でした。しかし、その日一番の歓声と祝福をもって迎えられたのは”朝日”だったのです。90歳を超える老人たちの目には涙が浮かんでいました。翌日のカナダの新聞の見出しにはこうありました。「昨日も”朝日”の勝利だった」と、チームの解散から実に60年もの月日が流れていたことになります。

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私はこの話がマンガに連載されていた時から興味があった。連載中には映画になることは知らなかった。

なぜ興味があったかというと、太平洋戦争中の日本人強制収容所が舞台になっていたからだ。
日本人強制収容所がアメリカにあったことは知っていた。しかしカナダにもあったことは全く知らなかった。

20年ほど前、アメリカ・ロサンゼルスに行った時、全米日系人博物館を訪れた。
ここでアメリカでの日系人の歴史を知ったと言っていい。
ホームページの「コモングラウンドーコミュニティの心」に、ビデオでその歴史が短く紹介されている。
http://www.janm.org/jpn/main_jp.html

「バンクーバーの朝日」の映画を見てから調べてみると、アメリカ、カナダだけではなく南北アメリカの国々で日本人強制収容所が作られていたことがわかって驚いた。

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映画では妻夫木聡さんの熱演が光っていた。熱演と言ってもはでなアクションという意味ではない。
当時の日本人男性の若者は、こうだったんだろうなあ、と迫ってくる演技だった。
また、父親を演じた佐藤浩市さんの演技も胸を打った。思いと時代に翻弄される日系移民一世の姿が伝わってくる。
今もそうだが、言葉で一つひとつを説明するのが下手くそで、口で伝えていないのに『なんでわかってくれないのだ」と思う日本人の姿、明治・大正の時代の男たちはもっとそうだっただろう。
言葉ではなくて姿で、態度で、やっていることで判断してほしい、なんでわかってくれないのだ、という思いが、映画を見ている私にはよく伝わってきた。だれもが真面目に、心をこめて演じているように感じた。
差別と偏見と戦争、どれも重たいテーマだが映画はことさら声を張り上げるでもなく、野球を中心において人間の真面目さを描いている。
テーマミュージックのようになっている高畑充希さん演じるエミー笠原が歌う ”Take me out to the ball game(私を野球に連れてって)” は心に残った。
カット無しの一回の撮影で撮ったという。
アメリカの野球場で楽しく流れるこの歌が、映画では朝日軍の心を結びつける音楽となっている。下はインターネットで探した資料。
http://www.world-anthem.com/march/ballgame.htm

http://www.theme-music.net/sports/baseball/take-me-out.html

歌詞(1927年版)・日本語訳(意訳)
Nelly Kelly loved baseball games,
Knew the players, knew all their names.
You could see her there ev’ry day,
Shout “Hurray”
When they’d play.
Her boyfriend by the name of Joe
Said, “To Coney Isle, dear, let’s go”,
Then Nelly started to fret and pout,
And to him, I heard her shout:
ネリー・ケリーは野球好き
選手の名前もみんな知ってて
試合のある日は
毎日「フレー!」と叫んでる
彼氏のジョーが遊園地へ誘っても
すぐにいらいら不機嫌になって
彼に向ってこう叫ぶのさ
[Chorus]
Take me out to the ball game,
Take me out with the crowd;
Buy me some peanuts and Cracker Jack,
I don’t care if I never get back.
<コーラス>
私を野球に連れてって 観客席へ連れてって
ピーナッツとクラッカージャックも買ってね
家に帰れなくったってかまわない
Let me root, root, root for the home team,
If they don’t win, it’s a shame.
For it’s one, two, three strikes, you’re out,
At the old ball game.
さあ地元のチームを応援しましょう
勝てないなんて許せない
ワン、ツー、スリーストライクでアウト
昔なじみの試合スタイルで

映画の最後に登場するのは朝日軍のメンバーだったケイ上西功一さん。92歳のお年になるが元気な姿。戦前、戦中、戦後と苦労を生き抜いてきた人の姿は、私に元気を与えてくれた。

バンクーバー朝日軍は再結成されることはなかった。
戦後カナダ政府は日本人に対して、日本に送還されるか、ロッキー山脈より東に移住するかを迫ったという。日本人が再び集まって住まないようにするためだったと言われている。
戦後補償は日系三世たちの運動で始まり、1988年9月22日にマルルーニ首相は議会で日系人補償を行う声明を発表。個人補償だけでなくコミュニティへの助成も盛り込まれた。
2012年5月、ブリティッシュ・コロンビア州政府(バンクーバのある州)が、カナダ連邦政府による強制収容を積極的に支援していたとして、正式に謝罪。
過ぎ去った過去として忘れ去ることではなく、過去の間違いを正しくする営みは今も行なわれている。

私が知らなかった歴史を映像で教えてくれた映画だった。

 

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