冬野菜カレー(牛すじ入り)

懐かしの給食レシピ 31

大阪市で働く私の知り合いの栄養士さんから教えてもらった給食レシピ。
そのレシピを元にして懐かしの給食メニューをいただいてみようと挑戦。
レシピ通りの食材が手に入らなかったら、私独自のアレンジで創意工夫。

2014年最後の給食レシピは「冬野菜カレー」。
レシビは以下のとおり。今回は牛すじ肉が手に入ったので「すじ肉入りカレー」。

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レシピには大根とレンコンが冬野菜として紹介されていたが、調べてみると、にんじんもカボチャもそうなので入れることにした。

玉ねぎは炒めると甘くなるので普通のレシピより多めにいれている。写真は中位の大きさの玉ねぎ2個分。
玉ねぎは細切り、その他の野菜は一口サイズに。
レンコンは形がわかるように切った。
ジャガイモは小さいのがあった。形がわかるようにしたかったので、圧力鍋で先にゆでておいた。5分ほどで皮がすぐにとれるようになる。 皮をむいたジャガイモは、食べるときに電子レンジで温めてカレーにのせる予定。

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牛すじは、圧力鍋にショウガを入れて25分ほど圧力をかけてゆでた。
下の写真左が圧力を掛ける前。右が圧力をかけてゆでたもの。

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IMG_4014 ゆでたすじ肉は粗熱をとってから冷蔵庫でしばらく冷やす。
肉とゆで汁に分け、ゆで汁はペーパータオルで濾しておく。
本などによると、脂分が固まるとあったが、今回のすじ肉はそのようなことはなかった。
すじ肉は一口サイズに切っておく。

 

フライパンにサラダ油を入れて熱し、ショウガを入れて香り出るまでいため、玉ねぎを入れて更に炒める。 玉ねぎの炒め方はいろいろある。茶色になるまで時間をかけてじっくり炒める時もあるが、今回はしんなりとするまで。食べてみて甘みが出ていればOKとする。

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玉ねぎがしんなりとして甘みが出れば、この後、野菜を順に入れて火を通す。

レンコン、カボチャ、大根は炒めずにゆでることが多いが、私はにんじんも大根もカボチャも炒めてからゆでるほうが好きなのでこのようにした。 ここは個人の好みなので、玉ねぎを炒めてその他の野菜は一緒にゆでる方法もある。

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圧力鍋に、炒めた野菜、ローレル、セロリと水をいれる。

水の分量は入れるルーが指定する分量にする。
今回はすじ肉のゆで汁も入れるのでその分を含めて決める。

まずフタをしないで加熱。
沸騰してくるとアクが出てくるので取り除く。アクを取ってからフタをして圧力をかけて加熱する。私の使っているラゴスティーナでは15分加熱した。使う圧力鍋によってこの時間は変わってくる。 
下の写真左がアクが出ているところ。右がルーを入れた後の様子。緑に見えているのはカボチャ。(ローレルの葉は、取り除いておく)

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この後、ヨーグルト、オイスターソース、醤油で味付けをする。
醤油を使ったのは、和風の味付けにしたかったため。味付けは個人の好みでいろんな方法があると思うので、各自の好みで。

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具沢山のカレーになった。
ジャガイモは電子レンジで温めなおしてセットする。
カボチャの甘味が普段と違ったカレー味になる。レンコンのシャキっとした感触、冬野菜とすじ肉のコラボレーションが食欲をそそる。 少し多めに作ったのに、ルーのお鍋は空になった。
給食レシピに感謝。
2014年度の給食レシピはこれで終了。新年度の給食レシピは何から始めよう?

 

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レシピを提供して頂いている栄養士さんから、
「カボチャは夏野菜ですよ」と指摘がありました。
ああ、そうでした。
「夏野菜カレーにカボチャを入れるとおいしいですよ」とコメントが。
カボチャを入れたカレーは、正確にいうと「冬野菜カレー」ではありませんね。
料理見習い人の調理ですのでそこのところはご理解ください(汗)。
栄養士さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

牛ひじきそぼろ

懐かしの給食レシピ 30

大阪市で働く私の知り合いの栄養士さんから教えてもらった給食レシピ。
そのレシピを元にして懐かしの給食メニューをいただいてみようと挑戦。
レシピ通りの食材が手に入らなかったら、私独自のアレンジで創意工夫。

今回のレシピは「牛ひじきそぼろ」
レシピは下のとおり。

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レシピ通りに材料をそろえる。

牛肉は料理酒で下味をつける。

ひじきはたっぷりのぬるま湯でもどしておく。

ショウガはみじん切りにしておく。

 

サラダ油を熱し、ショウガを香りよく炒め、牛挽肉を入れて炒める。

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ひじきを入れて炒める。
火が通れば、砂糖、みりん、薄口醤油で味付けをする。

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最後に煎りゴマを加えて炒める。

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温かいご飯の上にのせて食べると、うーん、食が進む。
肉じゃがといっしょにいただきました。
給食とは思えないほど豪華。いや、失礼しました。給食のレシピはよく考えてあると実感した次第。

 

 

肉じゃが

懐かしの給食レシピ 29

大阪市で働く私の知り合いの栄養士さんから教えてもらった給食レシピ。
そのレシピを元にして懐かしの給食メニューをいただいてみようと挑戦。
レシピ通りの食材が手に入らなかったら、私独自のアレンジで創意工夫。

今回のレシピは「肉じゃが」。レシピはこれ。

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 レシピを参考にして材料をそろえる。

お肉がレシピより多めにあったので、じゃがいもも少し多め。
玉ねぎ、にんじん、グリーンピースはレシピ通りの分量を用意した 。
牛肉は料理酒で下味をつける。糸こんにゃくはゆでておく。  

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 サラダ油を熱し、牛肉を入れて炒める。
にんじん、玉ねぎ、糸こんにゃくをいれて炒める。

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じゃがいもとだし汁を加えて煮る。

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フタをして15分くらい煮る。ジャガイモが柔らかくなるまで。
ジャガイモが柔らかくなれば、レシピの分量に従って砂糖、みりん、塩、醤油で味付けをする。薄口醤油がなかったので、濃口醤油を代用した。

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最後にグリーンピースを加えて煮る。

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寒い冬には肉じゃがが美味しい。 時間をおけば、じゃがいもにお肉の味がしみこみ、味が深まる。 完食しました。ごちそうさまです。

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*レシピを提供して頂いている栄養士さんから、牛ひじきそぼろの挽肉の写真が入っているという指摘がありましたので削除して、訂正しました。

*薄口醤油と濃口醤油の使い方についてのコメントをもらいました。
薄口醤油は料理によって、あまり濃い色を付けてしまうと見た目が悪くなる場合がある、たとえばすまし汁など。そういった時に薄口醤油が活躍するそうです。 

なるほど、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

 

天然酵母でパンづくり 24

明太子パン

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写真は中百舌鳥にあるパン屋さんで買った明太子パン。
明太子の刺激的な味がたまらないので、一度作ってみたいなあと思っていたら、息子夫婦がおみやげで明太子を持ってきたのでそれを利用して作ってみることにした。
基本は田辺由紀子さんの「素朴がおいしい天然酵母のパン」にある「バターブレッド」を参考にした。

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材料は フランスパン用粉・・・300g
生種・・・30g
砂糖・・・15g
水・・・170ml
塩・・・5g
ホームベーカリーの捏ねる機能を使って材料を混ぜる。
上の写真左が捏ねる前。
右の写真が25分捏ねた後。
下の写真のように丸めてボールに入れて一次発酵させる。
目安の時間は、25度で7〜9時間。20度で9〜11時間。発泡スチロールの箱に入れて、コタツの中に入れるなどして冬の間は温度を確保する。

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 上の写真左が発酵後の生地。右のように固く絞った濡れふきんをかけて20分ほど休ませる。

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休ませている間に明太子のフィリングを準備する。
明太子は一腹ぐらい。これは個人の好み。二腹でもOK。薄皮から身をはがしておく。 玉ねぎはみじん切り。細かいほど舌触りがいい。一腹で玉ねぎ四分の一ぐらいでいいと思う。明太子の量に合わせて作ればいい。 マヨネーズを入れてよく混ぜる。マヨネーズの分量も各自の好みで。

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 休ませた生地を六等分して、しっかりと巻いて転がしながら細長くする。 後の出来上がりから考えると、写真よりももっと細長くしたほうが良かった。
90分ほど二次発酵させる。私はオーブンの醗酵機能をつかった。

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写真を見ると、横にふくらんでいることがわかる。

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 二次発酵させた後、写真のようにカミソリなどで真ん中を1cmぐらいの深さに切り目を入れる。

200度に熱したオーブンに入れて17分ほど焼く。この時、パン生地のまわりを霧吹きでぬらしておく。

カミソリを入れたところが広がっている。

広がっているところに先に作った明太子のフィリングをぬる。

明太子のフィリングをぬってさらに5分ほど200度で焼く。 

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写真が明太子のフィリングをぬって5分焼いたあと様子。
自家製なので明太子がたっぷり塗ることができる。

製品のパンを見ると、真ん中を切って中にも明太子のフィリングをいれてあるので、横から切ってそこに明太子のフィリングを入れることにする。 

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明太子たっぷりのパンが6個できあがった。
パン屋さんの明太子パンに比べて、明太子がたっぷり。
一口かじると、表面の明太子と中の明太子が口の中に広がる。
玉ねぎの量はこれぐらいでちょうどよかった。見た目はすこし不格好だが、
明太子好きの人にはたまらないパンになった。

 

 

 

バンクーバーの朝日

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映画「バンクーバーの朝日」を見た。
封切り一週間前、大阪御堂会館での試写会に行った。封切りまでにブログに書くのはちょっと遠慮したが、テレビでは結構人気のようなので私の感想を書いておこう。 これは「見て損しない映画」の一つだと思う。
映画の内容は、映画の公式ホームページが上手に紹介している。

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2002年5月15日、カナダ・トロント。地元ブルージェイズがシアトル・マリナーズを迎え撃つ一戦で始球式が行なわれた。イチローや佐々木、長谷川が見守る中、マウンドに現れたのは東洋人と思われる5人の老人。彼らがボールを放つと観客は一斉に湧き、球場はスタンディングオベーションで包まれた 。
彼らは、戦前のカナダ・バンクーバーに実在した日本人野球チーム”バンクーバー朝日”の選手たちだったー。
19世紀末から戦前にかけて、貧しい日本を飛び出し、一攫千金を夢見てアメリカ大陸へと渡った日本人たち。しかし、そこで待ち受けていたのは低賃金かつ過酷な肉体労働と人種差別でした。やがて日本人たちは日本人街をつくり、そこで肩を寄せ合うように暮らしました。そこに一つの野球チームが生まれます。チームの名は”朝日”。

身体が小さく非力な彼らは最初、白人チームのパワープレーにまったく歯が立ちません。しかし、バント、盗塁、ヒットエンドラン、スクイズ、俊敏な捕球といった小柄な日本人の特性を生かした戦術を徹底して磨くことにより、徐々に大柄な白人チームを負かし始めます。最初は白人たちからも馬鹿にされていた弱小チームでしたが、”アリが巨像を倒す”痛快さと、どんなラフプレーにも抗議をしないひたむきな姿に、やがて日本人たちだけではなく白人たちまでもが熱狂していきます。そして、彼らはついに西海岸の白人リーグを制しチャンピオンまで登り詰めるのです。
実社会で巻き起こる差別、排斥をベースボールというスポーツを通して乗り越え、日本人と白人を一つに結びつけるという”奇跡”は長く語り草になるはずでした。しかし、1941年の真珠湾攻撃によりすべての日系移民は強制収容所へ移住させられてしまいます。日本人街は消滅、”朝日”の存在は日本人街の記録とともに歴史の闇に葬り去られてしまったのです。しかし後年、このまま日系移民に起きた事実を風化させてはいけないと立ち上がった人たちがいました。その思いはやがて大きな力となり、メジャーリーグでの始球式へとつながったのです。この話はこれだけで終わりません。翌2003年、”朝日”はカナダ野球の殿堂入りを果たしたのです。式典の目玉はメジャーリーグで数々の記録を残したスター選手でした。しかし、その日一番の歓声と祝福をもって迎えられたのは”朝日”だったのです。90歳を超える老人たちの目には涙が浮かんでいました。翌日のカナダの新聞の見出しにはこうありました。「昨日も”朝日”の勝利だった」と、チームの解散から実に60年もの月日が流れていたことになります。

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私はこの話がマンガに連載されていた時から興味があった。連載中には映画になることは知らなかった。

なぜ興味があったかというと、太平洋戦争中の日本人強制収容所が舞台になっていたからだ。
日本人強制収容所がアメリカにあったことは知っていた。しかしカナダにもあったことは全く知らなかった。

20年ほど前、アメリカ・ロサンゼルスに行った時、全米日系人博物館を訪れた。
ここでアメリカでの日系人の歴史を知ったと言っていい。
ホームページの「コモングラウンドーコミュニティの心」に、ビデオでその歴史が短く紹介されている。
http://www.janm.org/jpn/main_jp.html

「バンクーバーの朝日」の映画を見てから調べてみると、アメリカ、カナダだけではなく南北アメリカの国々で日本人強制収容所が作られていたことがわかって驚いた。

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映画では妻夫木聡さんの熱演が光っていた。熱演と言ってもはでなアクションという意味ではない。
当時の日本人男性の若者は、こうだったんだろうなあ、と迫ってくる演技だった。
また、父親を演じた佐藤浩市さんの演技も胸を打った。思いと時代に翻弄される日系移民一世の姿が伝わってくる。
今もそうだが、言葉で一つひとつを説明するのが下手くそで、口で伝えていないのに『なんでわかってくれないのだ」と思う日本人の姿、明治・大正の時代の男たちはもっとそうだっただろう。
言葉ではなくて姿で、態度で、やっていることで判断してほしい、なんでわかってくれないのだ、という思いが、映画を見ている私にはよく伝わってきた。だれもが真面目に、心をこめて演じているように感じた。
差別と偏見と戦争、どれも重たいテーマだが映画はことさら声を張り上げるでもなく、野球を中心において人間の真面目さを描いている。
テーマミュージックのようになっている高畑充希さん演じるエミー笠原が歌う ”Take me out to the ball game(私を野球に連れてって)” は心に残った。
カット無しの一回の撮影で撮ったという。
アメリカの野球場で楽しく流れるこの歌が、映画では朝日軍の心を結びつける音楽となっている。下はインターネットで探した資料。
http://www.world-anthem.com/march/ballgame.htm

http://www.theme-music.net/sports/baseball/take-me-out.html

歌詞(1927年版)・日本語訳(意訳)
Nelly Kelly loved baseball games,
Knew the players, knew all their names.
You could see her there ev’ry day,
Shout “Hurray”
When they’d play.
Her boyfriend by the name of Joe
Said, “To Coney Isle, dear, let’s go”,
Then Nelly started to fret and pout,
And to him, I heard her shout:
ネリー・ケリーは野球好き
選手の名前もみんな知ってて
試合のある日は
毎日「フレー!」と叫んでる
彼氏のジョーが遊園地へ誘っても
すぐにいらいら不機嫌になって
彼に向ってこう叫ぶのさ
[Chorus]
Take me out to the ball game,
Take me out with the crowd;
Buy me some peanuts and Cracker Jack,
I don’t care if I never get back.
<コーラス>
私を野球に連れてって 観客席へ連れてって
ピーナッツとクラッカージャックも買ってね
家に帰れなくったってかまわない
Let me root, root, root for the home team,
If they don’t win, it’s a shame.
For it’s one, two, three strikes, you’re out,
At the old ball game.
さあ地元のチームを応援しましょう
勝てないなんて許せない
ワン、ツー、スリーストライクでアウト
昔なじみの試合スタイルで

映画の最後に登場するのは朝日軍のメンバーだったケイ上西功一さん。92歳のお年になるが元気な姿。戦前、戦中、戦後と苦労を生き抜いてきた人の姿は、私に元気を与えてくれた。

バンクーバー朝日軍は再結成されることはなかった。
戦後カナダ政府は日本人に対して、日本に送還されるか、ロッキー山脈より東に移住するかを迫ったという。日本人が再び集まって住まないようにするためだったと言われている。
戦後補償は日系三世たちの運動で始まり、1988年9月22日にマルルーニ首相は議会で日系人補償を行う声明を発表。個人補償だけでなくコミュニティへの助成も盛り込まれた。
2012年5月、ブリティッシュ・コロンビア州政府(バンクーバのある州)が、カナダ連邦政府による強制収容を積極的に支援していたとして、正式に謝罪。
過ぎ去った過去として忘れ去ることではなく、過去の間違いを正しくする営みは今も行なわれている。

私が知らなかった歴史を映像で教えてくれた映画だった。