夜間中学生の手記「ぼくの宝もの」

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10月の中頃、電話がかかってきた。
「谷さんの本ができたので、贈ります」
以前に一緒に仕事をしたことがある、天王寺夜間中学校で退職された先生からだった。

私は送られてきた「ぼくの宝もの」を一気に読んでしまった。

谷さんの70年生きてきた証としてのこの冊子は、読む人に大きな力を与えると思った。またこの冊子を完成させるために多くの人達がいたことにも感動した。
谷さんが天王寺夜間中学に学んだことは、全国人権同和教育研究大会で発表されたので記憶にはあった。

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中央区にある全国人権教育研究協議会の事務局に行って、当時の大会報告冊子を見せてもらった。50回大会だった。今年開かれる大会が第66回だから16年前になる。

「自分が自由になる」学び
 〜夜間中学で学んだ4年間〜
というタイトルで、中学校の先生との連名で報告されている。
報告は次のように始まっている、

「夜間中学にきて、人生が変わった」と谷さんは言う。彼が夜間中学に入学したのは、49歳のときだ。夜間中学に入学するまで「どうして自分だけ、こんなに苦労しなくてはいけないのか、という思いにいつもとらわれていた」という。小さいころ、脊髄の障害をもっていたため、学校に行くことができず、いつも家に、一人とり残されていたこと、学校への思いを捨てきれず、16歳のとき養護学校の門をたたくが、年齢超過という理由で、入学を断られたこと、仕事や毎日のくらしの中で、文字を知らぬことで、肩身の狭い思いをしたこと、学歴がないため、見合いのたびに、いやな思いをさせられたこと、それらの思いの一つひとつが、彼を「どうして自分だけ」という思いにさせた大きな原因だ。
それだけに、夜間中学の入学式の当日は、長年、待ちに待った学校へ入学できる喜びで、思わず身体がふるえたという。入学式で「夜間中学の歌」をうたったとき、泣いてしまった。「やっと、学校へ来ることができた」「やっと、学ぶことができる」という思いでさぞかし一杯だったのだろう。・・・」

私に谷さんの本を紹介してくれた先生も、本の紹介文にこう書かれている。 

「・・・・・略・・・・・ 1994年、4月に、谷さんは天王寺夜間中学に入学されました。谷さんにとっては「初めての学校」でした。私もこの年に天王寺夜間中学に赴任しました。
「生徒として」「教師として」の違いはありましたが、二人にとっては「初めての場」でした。私自身、夜間中学で教壇に立つことの緊張感があり、おとなの中学生との授業にドキドキしていたことを思い出します。・・・・略・・・・
谷さんは3年前にお連れ合いを亡くされ、ご自身の病気と闘う中、自分の生きざまを文章にして残したいとパソコンに向かわれました。何度かの入退院を繰り返す中も、この本作りを途中で投げ出すわけにはいかないと踏ん張ってこられました。

 私はそんな谷さんの気迫に圧倒され、そして私自身が元気をもらいながら、本作りのお手伝いをしてきました。一冊の本に完成させる事ができて本当にうれしい限りです。・・・」 

谷さんをはじめ沢山の人の思いがつまった本である。
人と人との出会いがその人たちの人生を豊かにし、周りの人々へも温かい熱と光をひろげていってくれることを実感させてくれる本である。

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丁度そんな時、毎月楽しみにしている全人教広報誌月刊「同和教育」の「であい」10月号が届いた。
その中に、「8・1 夜間中学等の全国拡充に向けた国会内シンポジウムに参加して」という投稿があった。
読んでみて驚いてしまった。

「様々な理由で義務教育未終了になっている方々は全国に百数十万人いると言われていますが、公立夜間中学校は8都府県にあるのみで、北海道、東北、中部、四国、九州には一校もありません。圧倒的に不足しています。・・・」

知らなかった。知らなかったでは済まされないかもしれないが、義務教育未終了の方が百数十万人もいたとは。また夜間中学校のない道県があることに驚いた。

記事によると、夜間中学校等の全国拡充に向けた法律を求めての取り組みがすすめられているとのこと。議員立法という形で法務局に提出し、国会で論議される方向で進んでいるそうだ。

「ぼくの宝もの」にも、谷さんはこう書いている。
「学校でしか学べないもの、学校だからこそ学べる大切なものがたくさんある事を知っていく中で私は変わっていった。自分にとって、夜間中学校と出会ったことは本当に大きなことだった。夜間中学校を必要としている人はまだまだたくさんいる。そんな人たちに私と同じようにいろいろと体験してもらいたい。そのためにも、国のいたる所に夜間中学校をつくっていきたい」と。

しかし大阪の夜間中学校は縮小の動きにある。大阪市で最初に作られた天王寺夜間中学校にも、信じられないことだが廃止という声もでている。
以前に授業参観に行った時に、昼の中学生には学校給食が保障されているのに、夜間中学生の補食のパンと牛乳が廃止されているのを見た。社会の底辺を支える行政の役目と仕組みが、逆に底辺に置かれている人たちに犠牲を強いていると捉えるのは私だけだろうか。

谷さんの冊子はこのように終わっている。
「これからをどう生きるか、どう生きさせて貰えるか、僕が僕らしく燃え尽きたいと思っています。
神さまをはじめ、多くの人に支えられ、助けられ、ここまで来ることができました。そして、僕の人生を書き記し、一冊の本として完成させることができました。
皆さんに読んでもらえることの喜びをかみしめています。深く感謝します。」

感謝するのは、私の方だ。素晴らしい本をありがとうございます。

 

夜間中学生の歌
 作詞・作曲 斎藤 和子(昭和夜中)

1 希望の灯  掲げつつ
  今宵も集う 学び舎に
  力の限り 歩もうよ
  英知よ 永久に 栄えあれ
  我ら 夜間中学生

2 挫ける友の 手を握り
   今宵も集う 学び舎に
   固い絆に 結ばれて
   育てる友情 いつまでも
   我ら 夜間中学生

3  輝く未来を 信じつつ
   今宵も集う 学び舎に
   試練の嵐 吹こうとも
   勇気を持って 進もうよ
   我ら 夜間中学生

 

*「ぼくの宝もの」の本を手にしてみたい方は、ブログのトップにある吹き出しの形をしている「コメント」入力か、「お問い合わせ」入力を使ってお知らせください。出版に協力された人たちに相談してみます。なお、コメントに入力された内容は公開が前提になっています。「お問い合わせ」は非公開です。

*2015年1月初めに、本を紹介してもらった先生から連絡が入った。
「ぼくの宝もの」を書いた谷さんが、2014年12月末に亡くなったそうだ。
この冊子を仕上げるために約3年間全力投球されていたという。
謹んでご冥福をお祈りします。

 

 

 

 

 

 

夜間中学生の手記「ぼくの宝もの」” への2件のコメント

  1.  冊子「ぼくの宝もの」は是非、目を通したいですね。部数が限られているでしょうから、紺碧の空さんのをお借りして、読んでからお返しをするという方法を取って頂ければ有難いです。厚かましいお願いですが。

    • 風見鶏さんへ
      了解です。
      是非手にとってください。谷さんをはじめ、人間のぬくもりを感じる本です。
      一応どれくらい残っているかは確かめてみます。

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