わたしを離さないで Never Let Me Go

最近読んだ本とビデオ。うーん、考えなくてはならないことが多い、、、、。

IMG_20140917_0002

新聞の書評で、中島さなえさんが「もう止まらずに一気読み」と書いていたので、どんな本なのかなあと興味をもった。
中島さなえさんの書評を少し引用してみよう。
「・・・この本には最初からハマりました。ある特別な”提供者”として施設で育てられた子どもたちは外の世界を知らず、その目的のためだけに生きる。読むとすごく残酷な話なんですか、そこで育ってその環境しか知らないと、それが残酷とも不幸とも思わない。人間は遺伝子じゃなく環境でつくられると思うんですよ。この小説の世界は奇妙で異常だけど、それは外から見てのことで、中にいるものには普通なんです。自分だって、外から見ると不幸なのに知らないから満足しているだけかもしれない。広い世界があるとしても、ここでしか生きられないのは同じです。・・・これより好きな本はまだ見つからない。イシグロの本をもっと読みたいのに、なかなか出してくれないんです。」(朝日新聞 9月7日日曜版)

本のあとがきを先に読んでみた。
「・・・静かで端正な語り口とともにはじまって、いかにもありそうな人間関係が丹念に語られるなか、作品世界の奇怪なありようが次第に見えてくる。そして、世界の奇怪さが見えてきたあとも、端正な語り口から伝わってくる人間的切実さはますます募っていき、もはや他人ごとではなくなっているその切実さが我々の胸を打ち、心を揺さぶる。決してあわてず、急がず、じわじわと物語の切迫感を募らせていくその抑制ぶりはほんとうに素晴らしい。と、まずは漠然とした言い方で賞賛したあとは、内容をもう少し具体的に述べるのが解説の常道だろう。だがこの作者の場合、それは避けたい。なぜならこの小説は、ごく控え目に言ってもものすごく変わった小説であり、作品世界を成り立たせている要素一つひとつを、読者が自分で発見すべきだと思うからだ。予備知識は少なければ少ないほどよい作品なのである。・・・」(英米文学研究者 柴田元幸)。

IMG_20140917_0003

「提供者」「施設」という言葉でひょっとしたら、と予想した設定はほぼあたっていた。
あとがきにあるように、端正な語り口によって、知らず知らずにこの奇妙な世界に引きずり込まれていく。

この小説は好き嫌いがはっきりわ別れる本だと思う。
中島さなえさんのように「これより好きな本はまだ見つからない」と思う人もいれば、「こんなグロテスクな本は読んだことはない。最低だ」と思う人もいると思う。
途中で投げ出す人もきっといるにちがいない。

私はSFじみた世界がどのように進行していくのだろうか、最後はどんな結末が用意されているのだろうかと、先に最後を読まずに、真面目にページをめくっていった。これから読もうと思う人のために、その奇怪な世界についての説明はやめておこう。

ちょうど、iPS細胞による治療が始まったという明るいニュースと重なった時だけに、カズオ・イシグロさんが設定した世界は絶対にあってほしくない世界だといえる。

わたしを離さないで1

 本を読んでネットで調べてみると、映画化されていることがわかったのでDVDを借りてみた。

映画ではこの世界がわかるように意図的に創られている。
映画自体は原作の文章のように淡々と落ち着いた映像で構成されている。
ただ映像はリアルにこの世界を描いているので、うけるショックも大きい。
小説を映画化したものの多くのように、原作を読み、それから映画を見るほうが、自分の考えを深めることができると思う。
先に映画を見て、「ナンセンス」と途中で席をたつこともありえるだろう。
小説も映画も最後は「ノーフォーク」で終わっているが、「子供の頃から失いつづけてきたすべてのものの打ち上げられる場所」は小説のほうが読者の心に残るものが多いと思う。しかし映画全体を通して、風景や色彩は小説から思い浮かぶものと共通しているものが多いと私は思った。

この小説は舞台設定が、あってほしくない奇怪な設定のために、そこで思考がストップする人も多いと思う。作者がわざとこの世界を設定したのは何を伝えたかったからなのだろう。私はこの小説の世界は現実世界の暗喩だと思う。

エミリ先生の「わたしたちの保護下にある間は、あたた方をすばらしい環境で育てること ー 何ができなくても、それだけはできたつもりですよ。そして、わたしたちのもとを離れてからも、最悪の事だけは免れるように配慮してあげること。少なくともその二つだけはしてきたつもりです。・・・略・・・生徒たちを人道的で文化的な環境で育てれば、普通の人間と同じように、感受性豊かで理知的な人間に育ちうること、それを世界に示したことでしょう」という言葉。これは中島さなえさんの書評の中の「人間は遺伝子でなく環境でつくられる」に通ずるところがあると思う。また、
「あの日、あなたが踊っているのを見たとき、わたしには別のものが見えたのですよ。新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱きしめて、離さないで、離さないでと懇願している。わたしはそれを見たのです。正確には、あなたや、あなたの踊りを見ていたわけではないのですが、でも、あなたの姿に胸が張り裂けそうでした。あれから忘れたことがありません」とキャシー・H に語るマダムの言葉。

「何のために生まれ、なんのために生きるのか」
根源的な問がそこにながれている。

私たちは、人間がつくりだしてきた知識や慣習や倫理を学びながら成長し、そしてその学んだものを過去のものとして捨てながら生きていく世界にいる。
この世界の有り様を考えなおすきっかけをつくるのが文学の役目の一つなら、この「わたしを離さないで Never Let Me Go」は十分にその役目を果たしている。

☆ネットでこの本と映画のことを見ていると、次のブログにたどりついた。
この作品の題名になっている「Never Let Me Go」の原曲 ー インスピレーションになった曲の紹介と、カズオ・イシグロさんのインタビューが(英語だが)載せられている。作者の考えが少しわかった。

http://tsfc501.blog66.fc2.com/blog-entry-312.html

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です