日本玩具博物館

mg_7796ここは兵庫県にある「日本玩具博物館」。
国内6万点、世界150カ国3万点の玩具が展示されている、個人が設立した博物館。
姫路から播但線に乗り換えて約15分。香呂駅から徒歩15分ぐらいの川沿いの静かな場所にある。白壁土蔵づくりの6棟の建物と、民芸調の落ち着いた雰囲気が心を和ませてくれる。
img_81921常設展には、「近代玩具」「自然素材玩具」「節句の人形」「ちりめん細工」「日本の郷土玩具」「世界の玩具」があった。
開館40周年記念・春の特別展として「雛まつり〜江戸の雛・京阪の雛〜」。
春の企画展として「ちりめん細工とつるし飾り」がおこなわれていた。

入館料はおとな500円。
詳しくはホームページを。http://www.japan-toy-museum.org/
さていったいどうして日本玩具博物館に行こうと思ったのか。
それは以前紹介した、帝国書院の「階ーきざはし」による。

「わたしの一里塚」という欄の井上重義館長の記事が目を引いたからだ。

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私立ということに惹かれたし、世界のおもちゃも見てみたいし、ちりめん細工にも興味がわいた。妻に体験があるからいってみようとさそってもうしこんでみた。行ってみて、私立といいながら立派な建物にびっくり。中には懐かしい玩具がならんでいた。館長の玩具への情熱を感じる。

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実際iにこのようにして飾られていたのだろう、古民家のお雛様。その横には、写真では見たことのある、確か小黒三郎さんの組み木のお雛様。
実物を見るのははじめてだった。

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行ったこともない国々のおもちゃが展示されている。
左はスリランカ民主社会主義共和国、右はメキシコ合衆国のおもちゃ。
他にも、おとなりの韓国・中国はもとより、ネパール王国、ベトナム社会主義共和国、グァテマラ共和国、エクアドル共和国、チリ共和国、ペルー共和国、フィジー共和国、ポルトガル共和国、イタリア共和国などなどの国々の玩具が並ぶ。こんなに正式名でかかれた国名をみたのもはじめて。世界150カ国の玩具があるという。見応えがある展示だった。

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井上館長の文章に書かれていた「ちりめん細工と飾り物」
確かに残していかなくてはいけない伝統手芸だと思う。ホームページによると、この「ちりめん細工」という言葉は、井上重義館長の作ったものとか。材料のちりめんの復興にも井上重義さんは力を尽くされたそうだ。現在ではカルチャーセンターでも、ちりめん細工の講座が開かれるようになった。
天王寺のABCクラフトでもちりめん細工のコーナーが設置されている(3月現在)。
井上重義さんがいなければ、現在のような「ちりめん細工」の復興はなかっただろうし、次世代に残したい大切な文化も忘れ去られたかもしれない。
一人の思いが静に広がっていき、現在至った実例だと思う。

img_8224これは妻が「ちりめん細工の体験講座」で作った「ひさご袋」。大きさはiPhoneぐらい。生まれて初めてにしては上手?と自画自賛。20人ぐらいの人が集まっていて、先生がお一人だったので教えてもらうのに並んだ、と言っていた。年配の人が多かったそうだが、指は第二の脳といわれて、針仕事や編み物は脳の活性化にはいいらしい、という話は昔から聞いていたので、さもありなんと一人で納得する。

 

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静かなたたずまいで、白い壁と緑の草木がタイムトンネルのように懐かしい時代に運んでくれるようだ。親子連れ、おじいさんやおばあさんが娘や息子、そして孫をつれての見学者が多かった。木のおもちゃで遊んだり、昔の話をしたり、そこかしこで世代を超えて話が弾んでいた。

玩具が人間の成長に、子どもの成長に大切なこと、それが世界のどこの国でも大切にされてきたことが実感できる時間だった。
このような博物館が個人の努力で活動していることに驚くとともに、支え続けてこられた人々が多くいることにも感慨深くなる。
効率ばかりが重視され、短期的な成果が見られないと予算削減という時代に、この日本玩具博物館が存続する意味は大いにあると思った。

 

 

 

 

 

ミネストローネと鶏肉の照り焼き

懐かしの給食レシピ  11

ミネストローネと鶏肉の照り焼き

IMG_7955大阪市で働く私の知り合いの栄養士さんから教えてもらった給食レシピ。
そのレシピを元にして懐かしの給食メニューをいただいてみようと挑戦。
レシピ通りの食材が手に入らなかったら、私独自のアレンジで創意工夫。
今回は「ミネストローネと鶏肉の照り焼き」

24日、地元の小学校の終業式。小中学校の卒業式も終わり、家の周りの子どもたちはいよいよ春休み
今回のレシピは少しだけ豪華に二つのメニューにした。
ミネストローネと鶏肉の照り焼き、見た目も華やか。
1年間ご苦労様さまのご馳走かな。
レシピは次の通り。

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まずは鶏肉の照り焼きから
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鶏肉の照り焼きの準備をする。
下味を付けるほうがいいと妻が言っていたことを思い出して、酒としょう油で下味を付けることにする。その前に、鶏肉にフォークを突き刺さす。このほうが下味がつきやすいそうだ。下味をつけている間に、ミネストローネの準備をする。実際は、ミネストローネができあがるまで下味をつけた状態になったが、ここでは下味をつけた後の調理を紹介する。

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サラダ油を熱し、鶏肉を焼く。レシピでは皮のある方を下に、とあるが、私の家ではコレストロールを減らすために、皮は最初にはがしている。
焼き色がついたら、裏返しにし、弱火にする。ふたをしてむす。

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焼き色がつくか何回もチェック。油がでてくるので、ペーパータオルなどでこまめに拭きとる。
ほんとにたくさんの油が出てくる。

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料理酒、みりん、しょうゆを入れて、フライパンを揺すりながら照りをつけていく。中火か中火弱?ぐらいで。
あせらず、じっくりと照り焼きらしい照りをめざして。こげてしまうと身も蓋もないので。とにかく様子をよく見ながら。

IMG_7953レタスやサラダ菜を敷くと、ちょっと高級ぽくみえませんか。

つづいて、ミネストローネ。
イタリア語で「具だくさん」という意味だとか。この料理で、ミネストローネが「具だくさん」ということを覚えた。
レシピどおりの材料を用意し、下準備をする。
トマトの缶詰があったので、それを利用することにした。

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パブリカもあったので、それも入れることにしよう。
レシピ通りにそれぞれの材料を切る。

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ベーコンをから煎りし、サラダ油、にんにくをいれて香りづけ。
玉ねぎをいれる。

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にんじん、キャベツを入れて炒める。次々に入れていくのではなく、具材に火が通るのを確かめて(味見をして)次の具材を入れていく。

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トマトを入れて炒める。缶詰全部入れたのでちょっと多すぎるかと思ったが、出来上がりではそんな心配はなかった。
スープを入れて混ぜながら煮ていく。スープはブイヨンを使った。

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パブリカをここで投入。塩コショウ、ローレル、しょう油で味付けをする。
少し固めに茹でておいたマカロニを入れて煮る。

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マカロニに火が通るまで煮て、それからパセリを入れる。
全体が暖かく火がよく通るように調理をする。

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はい、できあがり。
パセリの緑と、トマトとにんじんの赤が華やかで、映えますね。
パブリカも彩りを添えています。
料理は彩りが大事なことが、調理をしていてわかります。
にんにくをたっぷり入れたので、少し大人の味。
パセリも、キャベツも、玉ねぎも多めに入れているので、ボリュームはたっぷり。
トマトは缶詰のホールを全部使ったけれど、全体の量が多かったので、違和感はなかった。

ミネストローネと鶏肉の照り焼き。
ちよっとご馳走風。

1年間のお仕事、お疲れさまでした。さあ、召し上がれ。

 

 

 

 

 

 

春分の日

3月21日 春分の日の昼夜境界線 春分の日の地球
この写真はインターネットで見つけたもの。

昼夜境界線が経線にそっていることがよくわかると思う。
経度が同じ地域は同じ時間に朝日を迎える。そしてそれがほぼ真東から日が昇ることがこの写真からわかるだろう。
地球と太陽の関係がこのようになっているのが、春分の日である。

春分の日について国立天文台の説明を見ると、

「・・・日本の祝日を定めている「国民の祝日に関する法律」によれば、春分の日は「春分日(しゅんぶんび)」、秋分の日は「秋分日(しゅうぶんび)」を採用するとされています。「春分日」「秋分日」というのは天文学上の呼び名で、次のように定義されています。

太陽は星々の間を移動していて、その通り道を「黄道」といいます。また、地球の赤道を天にまで延長したものを「天の赤道」といいます。黄道と天の赤 道は、お互いが傾いているために2点で交わり、その交点のうちの一方を「春分点」、もう一方を「秋分点」と呼びます。そして、太陽が春分点・秋分点の上を 通過する瞬間がそれぞれ「春分」「秋分」と定義され、「春分」「秋分」を含む日のことを、それぞれ「春分日」「秋分日」と呼ぶのです。」

天の赤道この図もインターネットで見つけたもの。春分点や秋分点の説明に同様な図がよく紹介される。
この図からわかるように、春分や秋分というのは太陽が春分点や秋分点と通過する、その瞬間をいうのであることに注意しておこう。その日が始まる、日の出の瞬間、と決まっているわけではない。今年2014年は午前1時57分に春分点を通過している。

昼と夜の長さはほぼ等しいという意味

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上の表は今年の春分の日の日の出と日の入りの時刻。
計算してみると、昼の長さと夜の長さが完全に等しいのではないことに気づく。昼のほうが少し長い。それはどうしてだろう。
国立天文台の解説を見てみよう。
「・・・昼や夜がいつからいつまでなのかというはっきりした定義はありませんが、多くの場合、日の出・日の入が昼と夜の境であると考えます。ここでも、日の出・日の入が昼と夜の境であるとして、昼と夜の長さについて考えてみましょう。

ひとつ目の理由ですが、日の出と日の入の定義を考えてみます。「どうなったときが「日の出」「日の入」?もう真っ暗?」 で話題にしたように、日の出も日の入も「太陽の上辺が地平線と一致する瞬間」として定義されています。もしも「太陽の『中心』が地平線と一致する瞬間」と 定義されていれば、日の出から日の入まで太陽が移動する道のりと、日の入から日の出まで太陽が移動する道のりは、全く同じになります。しかし現在の定義で は、日の出から太陽の中心が東の地平線に達するまでと、太陽の中心が西の地平線に達してから日の入まで、昼のほうが、それぞれ太陽の半径分だけ長い道のり を移動しなければなりません。そのために昼の時間が長くなるのです。・・・」

この部分は元日の日の出の時に考えた図が役に立つ。

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この図のAの時が、日の出であり日の入りなので、太陽がまだ出ていなくても昼が始まり、太陽が沈みきるまで昼が続く、その分、昼のほうが夜よりもながくなるということだ。

国立天文台の説明はまだ続く、「もうひとつの理由ですが、地球には大気があるために、地平線近くにある天体は、大気の中を通る光の屈折によって、少し浮き上がって見えるのです。ど の程度浮き上がるのかは大気の状態によっても違いますし、地平線に近いほど浮き上がりの大きさは大きいのですが、日の出・入の計算をするときには35分8 秒角(時間ではなく角度の単位)浮き上がるとして計算をしています。この効果によって、昼の時間はさらに長くなります。・・・」
これも以前考えた図が役に立つ。

IMG_20140103_0002_2地平線の下に沈んでいるのに、浮き上がって見えるため昼の時間がさらに長くなる。これらのことが重なって、春分の日の昼の長さが少し長くなるというわけだ。
もう一つ緯度との関係がある(北欧の夏の白夜を思いおこすとよい)。こういったとことが組み合わさって、春分の日の昼と夜の長さがほぼ等しいという状況を生みだしている。
さらに「均時差」という要因があるが、その説明は別の機会にしたい。

彼岸の中日

 

さて、3月21日は彼岸の中日としてもしられている。
日本の暦についての本を見ると次のような説明があった。

「昭和23年に「国民の祝日に関する法律」により、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」と制定された。

旧暦2月の中気で、お彼岸の中日でもある。真西に日が沈むこの日、真西に沈む太陽は極楽の東 門に入ると伝えられていることから、この日の太陽を拝むと、浄上の東門を拝むことになり、極楽浄土は十万億土を隔てたところにあるといわれ、この極楽が最 も近くなる日が彼岸の中日と考えられている。この日に故人の霊を供養すると、迷わず極楽浄土に成仏できるといわれており、死者の冥福を祈り、仏供養、おはぎ(ぼたもち)、草餅、五目ずし、稲荷ずしなどを作ってお墓参りをする。」

天文の世界でも春分点は太陽黄経が0度でスタートの時でどちらも意義のある日。

全国の3月21日生まれの人、おめでとうございます。