和太鼓「久遠の空 絆」 リバティおおさか

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2014年2月15日土曜日・16日日曜日の二日間、「リバティおおさか」において「太鼓コンサート」があった。私は15日に行った。
IMG_7507これは、太鼓集団「怒(いかり)」をはじめ大阪にある被差別部落の取り組みの中で生まれた各地の和太鼓集団から「リバティおおさかを支援しよう」と声が上がり、ちょうどリバティおおさかが企画していた皮革のプロジェクトとジョイントすることによってこのコンサートが生まれた。
大阪にはいくつもの和太鼓集団があるが、今回集まったのは、太鼓集団「怒」、浅香太鼓集団「獅子」、「北芝解放太鼓保存会 鼓吹(こぶき)」、太鼓集団「魁(さきがけ)」、太鼓サークル「蛍(ほたる)」、太鼓集団「疾風(かぜ)」の6団体。
小学生から大人までの幅広い太鼓の打ち手が集まった。(以下の舞台の写真は演奏の順とは関係がない、順不同)

IMG_7524オープニング。
やわらかな太鼓の響きが流れてくる。
おや? 私の予想ではパーンと突き刺さるような音で始まり会場いっぱいに響き渡る太鼓の音、と思っていたが全く逆な展開。太鼓を叩くバチには布が巻かれている。しみじみと客席に染みわたるように広がる深い音色。
IMG_7530今思い返してみると、私の思い込みを良い意味で裏切ってくれた演奏会の幕開けだった。
私が和太鼓に興味を持ち始めたのは、1990年の前後だったと思う。沖縄の残波大獅子太鼓の演奏をこの大阪で聞いたことからだと思い返す。沖縄の若い青年たちがなぜヤマトの和太鼓を?と不思議に思うことからだった。
そして1993年11月の第45回全同教大阪大会、大阪城ホールでの太鼓集団「怒」の演奏へとつながる。

IMG_7529その当時の私が聞いていた和太鼓は、沖縄からヤマトへの眼差し、太鼓集団「怒」の結成のメッセージにある「世の中のすべての差別へ怒りを」、そういった思いが鋭く突き出されていたと私には思えた。
太鼓を叩いて自分たちの思いを訴える、ということが、硬質なイメージとして私には伝わった。
IMG_7542そのあと、その硬質なイメージから少しずつ変化していく様子を見ることがあったが、私自身がしばらく和太鼓演奏を見る機会から遠ざかっていた。久々この「久遠の空 絆」の太鼓コンサートにきてびっくりした。肩を張った姿はまったくなかった。夏祭りの太鼓を聞いているような雰囲気、太鼓の打ち手と観客がつながろうとするイメージ、それがコンサート名の「絆」なのかもしれない、見ている方が思わず微笑んで、手拍子を打ってしまうような演奏スタイルに変わっていた。

IMG_7550太鼓の打ち手たちの若い姿。小学生の赤く染まった頬、若い女性の姿も輝いている。肩の力を抜いた伸びやかな姿が自然で等身大でせまってくる。ニコッと笑って見える白い歯、楽しげに隣の奏者と二言三言声をかわす仕草が観客の緊張をときほぐす。訴えるということが、直球でせまってくるのではなく、春の光のように投げかけられてくる。

よく練習されていたと思う。六つの団体のコラボだとは思えない。
演奏のスピードは素晴らしく早い。リズムもビートも目をみはる。でも、押し付けがましくなかった。それがこの太鼓集団がこれまでに流した汗と注ぎ込んだエネルギーの成果だと思う。
暗転の中での太鼓の移動は一糸乱れぬものだった。緩と急の組み合わせもよく考えられていた。舞台の華やかさと、演者の笑顔の後ろに費やされた時間と努力を思うと拍手する手を止めることが出来なかった。

リバティおおさかの危機だからこそ、マイナスをプラスに変えようとするエネルギーになったのだろう。バトンは若者の手に確実にうけつがれている。