えべっさん(今宮戎)

♪年の始のえべっさん、
  商売繁盛で笹もってこいっ♪

IMG_5026IMG_50271月10日。十日戎の日。
えべっさんへお詣り。
ここは今宮戎。
本えびすの10日、午の刻。平日でお昼時ならゆっくりとお参りできると思ったが、とんでもない。同じことを考える人がいるのだなあ。境内はもう入り口で入場制限。
このブログにリンクしてもらっている「お気楽風見どり」さんの本年初のブログに、住吉大社の初詣の記事がある(このブログの一番下にある、Blogroll お気楽風見どり をクリックするとつながります)。そこに狛犬さんの写真があったので、私もパチリ。そういえばここ今宮戎には毎年来ているが、狛犬さんにはあまり関心を持たなかった。よくみるとブロンズ製。前足もスラっと長い。なかなか凛々しいお姿。帰ってから今宮戎神社のホームページをみたが、狛犬さんの説明はなかった。
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今年は新今宮駅から歩いてきたけれど、おじさんの姿が多いのが気になった。どうしてだろう?
あーっ、これこれ。福娘さん目当てだったのですね。私も写真を撮ろうと思ったけれどダメダメ。もうぎっしり。昔の福娘さんのコーナーもあり、なんともあでやかな雰囲気。
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IMG_5053お詣りも終わり、恒例のおみくじ。今年の運勢は?
ななんと?妻も私も凶。
へーっ、こんなことってあるんだ。落胆というよりもびっくり。
「わたらんとする船なく なみあらし なきてぞ かこのおとずれをまて」
「一たびは きえんとしては又もゆる あぶらたえしも ともしびのかげ」
なんとも絶体絶命みたいじゃありませんか。
まあ、今が最底辺ならこれからはのぼりしかないねぇ、と二人で言いながらおみくじを結び所に結ぶ。
さて、少し遅くなったけれどお昼を食べようと難波に向かって歩き始める。
「いつも見るあのおじさんのお店は今年もでてるかな?」

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今年もお店を発見。
「泉州堺の和包丁」と「芭蕉せんべい」のお店。
どちらもお客さんとの掛け合いがいい。
包丁のおじさんは少し関東風の威勢のいいしゃべり口。
芭蕉せんべいのおじさんは関西風のおしゃべり。
包丁を扱う手さばきのすごいこと。スパッ、スパッと紙でも木でも切っていく。
芭蕉せんべいはなつかしい。火であぶりながら大きくのばしていく鮮やかさ。
「そこの美人さん」と私の妻に声をかけるおじさん。
「今日はあんたに会いにここに来たんやで」
「ちよっとこれ食べてみ」
思わず買ってしまった。私たちのやりとりを見て、瞬く間に沢山の人が取り囲んでいた。
大道芸の妙味ですね。

えびすとは?

ところで「えびす(ゑびす)」の由来は何なのだろう。

wikipediaを見てみよう。

1.日本の神。七福神の一柱。狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的。また、初春の祝福芸として、えびす人形を舞わせてみせた大道芸やその芸人のことを「恵美須(恵美須回し)」と呼んだ。
2.外来の神や渡来の神。客神や門客神や蕃神といわれる神の一柱。
3.神格化された漁業の神としてのクジラのこと。古くは勇魚(いさな)ともいい、クジラを含む大きな魚全般をさした。
4.寄り神。海からたどり着いたクジラを含む、漂流物を信仰したもの。寄り神信仰や漂着神ともいう。

徳島で見た「阿波木偶まわし保存会」の皆さんによる「えびすまわし」というのは、1でいう祝福芸の「恵美須まわし」のことなのだ。徳島に行ってなかったらこの記述を読んでも実感がなかったと思う。
ところで4については以前に読んだ本につながっていることに気がついた。
一つはは昨年に壱岐・対馬に旅行に行く時に呼んだ司馬遼太郎さんの「街道をゆく(壱岐・対馬の道)」

IMG_20140112_0001〜壱岐には、唐人ー漂流朝鮮人であろうーを祀った古趾が多い。海のむこうから来た客人(まろうど)を神に近いものとして崇敬する民俗が西日本の島々や海浜にあった。摂津西宮を本宮とする戎神社の成立もおそらくそういう信仰が醗酵のたねになったものかとおもわれる。桜田勝徳(さくらだかつのり)氏の「漁村におけるエビス信仰」(『漁撈の伝統(ぎょろうのでんとう)』によれば、縁者不明の海難者の死体や、海中からひろいあげた石なども、地方によってはエビスとよぶという。エビスが、単に異民族のみをささず「他域からきた人、死体、物」というところまで意味が広くなっている。それらが、その土地の生業の守護神になり、福利をもたらすー西宮の戎神社とおなじようにーというのである〜(P34)
*            *           *
なぜここの記述を覚えていたかというと、実は司馬遼太郎さんの本を読む前に、同じようなことを書いた本を読んでいたからだ。
それがこの本。小野不由美さんの「ゴーストハント6 海からくるもの」。
IMG_20140112_0002〜「エビスさん、ってあの七福神の?」
「そそそ。ただ、もともと『えびす』ってのは漂着物のことなんだよ」
「海岸に流れ着いてきた珍しいもの。海中の石や死体、鮫や鯨。とにかく滅多に見られないものが海岸にやってくると、これを豊魚の兆しだと言って喜ぶ風習が漁村にはあったんだな。そういう漂着物をそもそも『えびす』と呼ぶらしい。特に珍しい形の石、ありがたい形の流木、そういうものは良いことの前触れだとか言って後生大事に祀ったりした。『おこぶさま』もそうだろう。阿弥陀仏に似ているからありがたいって話になったんじゃねえかな」
「へええ」
IMG_20140112_0003「反対に『えびす』が悪いことの前触れだったりすることもある。たとえば台風とか津波とかな。だからまあ、最初は『えびす』ってのは、『海から寄り来るもの』を神格化したものだったんだろうなあ」
・・海から寄り来るもの・・・。
「もともと日本にゃ、『常世(とこよ)』という信仰があってな。『常世』っつーのは諸説あるが、平たく言や不思議の国ってとこかね。神様の国だったりあの世だったり、不老不死の楽園だったり、そういう不思議な世界が海の彼方(かなた)にあると信じられていたんだな。それで、『海から寄りて来たるもの』ってのは『常世』から来るもんだと思われてたんだ」
ほええ。日本人って不思議だな・・・。
「それでありがたい、って話になるんだな。なので、もともとは『夷』とか『戎』という字を書いたらしいが、海の向こうから良いことを運んできてくれるって話から、文字もおめでたい『恵比寿』やら『恵美須』やらいう字を当てるようになった」
ぼーさんが言うと、綾子が笑って、
「あるいは『蛭子』ね」
綾子は宙に字を書く。
「別名を『ひるこ』。ー神話に出てくるの。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉命(いざなみのみこと)が結婚して、最初に生まれたのが蛭子命(ひるこのみこと)。蛭子は生まれそこないの子だったので、船に乗せて海に流してしまうの。それが流れ着いた、とみなされるわけね」
「生まれそこない?」
あたしが顔をしかめると、
「神話にはそういう類型があるのよ。天地を開いた神の第一子が生まれそこなう、っていうの。それでも神様の子だから、神様よ」(P197〜P199)

*     *     *

海から寄りて来たるものを神として祀る、海に囲まれた日本だからある信仰なのだろうか。
いろんなところがつながってくるところが、自分でもおもしろいと思う。
妻が福笹を買っていた。
「福笹に飾り物を付けてくれたのは外国人の福娘さんだったよ」
なるほど、えべっさんの本来の姿だな。

 

 

 

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