戦争を知らない子どもたちへ

12月8日 日本が戦争を始めた日

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この本は1975年9月に初版が出されている。
学童疎開の小学生の子どもたちの目から見た戦争がえががれている。
作者は「さねとうあきら」さん。
私はこの本が出されて数年後ぐらいにさねとうさんの講演を聞いている。
私が今も覚えているのは、さねとうさんの住んでいる町での話。
〜 〜 〜 〜
8月になると地元で戦争体験者の話を聞く会があちこちで開かれる。
そこでは兵隊として戦争を体験した人から戦争中の生々しい話をしてもらう。
どの人も、涙を流し、力を込めて、戦争の悲惨さと苦しさ、平和の大切さを話される。
しかしそれを聞いている子どもたちの表情はしらけきっている。
子どもたちのしらけた姿を見た人たちは、なぜこの子たちはもっと真剣に聞いてくれないのだろうかと、ますます熱を込めて話をされる。でもそうすればそうするほど、子どもたちの表情はかたくなっていく・・・・。

それはなぜか。
さねとうさんの話を私の理解で言えば、
「子どもたちの心にひびかないのは、話をされている戦争体験者も自分が被害者だったとばかり言っているからだ。自分は行きたくなかったのに戦争に行かされたという、被害者意識だけが強調されている。本当か?では誰が戦争をすすめたのか、だれに責任があるのだ、今平和の大切さを話している人には何も責任はないのか? 子どもたちはそのうさん臭さに気づいているのです」
そういう内容の話だったと思う。
私はある意味で衝撃を受けた。そうか、責任の問題か、最終的に自分が選択したということなのだ。そこから大人は逃げていることに子どもたちは感づいているのだ。
今から30年以上も前の話である。

IMG_20131208_0001この本のあとがきに、この戦争の時に子どもだったさねとうさんは「戦争を知らない子どもたちへ」と題して文章を書かれている。すべてを紹介したいが最後の部分を紹介する。
「ーほんとうは、戦争なんかやりたくなかったんだ。
と、またうそをつくおとなたち。じぶんにつごうのわるいことは、みんなわすれてしまって、その時代にあうことばかりいっているおとなたち。おとなは、わすれてしまっても、ぼくら子どもたちは、ちゃんとおぼえています。そのころのおとなが、どんなことをいい、どんなことをやったのか。ぜったいにわすれることができません。だって、そういうおとなを信じて、ぼくらは、いのちがけで、あの戦争をたたかいぬいたのですから・・・・。
ーほかのだれかのために、死んではいけない。じぶんの正直な気持ちにしたがって、自分のために生きるんだ!
これが、戦争しかしらなかった子どもたちから、戦争をしらないみなさんにおくる真実の声です。
みなさんは、この声をどのようにうけとめてくださるでしょうかー?
ぼくは、耳をすませて、そのこたえをききたいと、ねがっています。」

今、自分が選択できる時代にいるおとなとして、何ができるのか。
子どもたちにどんなバトンをわたすのか。そんたことを考える日にしたい。

 

 

 

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