ふるさと銀河線

IMG_20131220_0001高田郁さんの新しい本を読んだ。
それが「ふるさと銀河線 軌道春秋」(双葉文庫)だ。
高田郁さんは、「みをつくし料理帖」でブレイクする前は漫画原作者として活躍されていた。この本はその当時の作品「軌道春秋」という短篇連作を小説化したものである。
小説の内容を宣伝パンフから紹介する。

〜ふるさとへの愛と、夢への思いの間で揺れ動く心を追った表題作をはじめ、遠い遠い先にある幸福を信じ、苦難の中で真の生き方を追い求める人々の姿を、美しい列車の風景を織り込みながら描いた感動的な9編を収録。

 

「お弁当ふたつ」
・・・リストラを隠し、出勤するふりをする夫。それを知った妻は夫の後をつける ことにー

「車窓家族」
・・・停まった電車から見える、ある老夫婦の暮らしを覗いてしまう乗客たち

「ムシヤシナイ」
・・・大阪で駅そばを営む路男のもとに東京にいるはずの孫があらわれてー

「ふるさと銀河線」
・・・夢を追うか、ふるさとに留まるか、少女は手にした切符をー

「返信」
・・・亡くした息子の旅路をたどる、親ふたり

「雨を聴く午後」
・・・みじめな今に疲れている忠は学生時代のアパートに忍び込み・・・

「あなたへの伝言」
・・・アルコール依存症に苦しむ女と、電車から窓越しに見守るその夫

「晩夏光」・・・「私も姑のようになってしまうのー?」アルツハイマーの恐怖がなつ乃にも忍び寄る。

「幸福が遠すぎたら」・・・仕事、母親、重責から逃れたい桜のもとにかつての友から手紙が来る。〜

それぞれが独立した話でありながら、その背景が重なっている話もあって世界が深まってくる。
本の題名になっている「ふるさと銀河線」は北海道が舞台。しかも陸別、あの「あいー永遠に在り」の陸別だ。
へーっ、こんなふうに話がつながっているのか、人物のつながりだけでなく、場所・地名でつながる話もあるんだなあ、と一人で感心。
リストラ、高齢化、子育て、アルコール依存症、アルツハイマー、不況・・・辛い話がバックにある、でもそんな現代に、つまづきながらも前を向いて生きる人々を温かく描いている。
高田郁さんはあとがきでこんなふうに書いている。
「・・・生きにくい時代です。辛いこと悲しいことが多く、幸福は遠すぎて、明日に希望を見いだすことも難しいかも知れない。それでも、遠い遠い先にある幸福を信じていたいーそんな想いを、本編の登場人物に託しました。
今を生きるあなたにとって、この本が少しでも慰めになれば、と願います。
あなたの明日に、優しい風が吹きますように」

IMG_20131224_0001こちらはコミック版「ふるさと銀河線 軌道春秋」(作画 深沢かすみ 双葉社)。
小説が発売されてからしばらくして、このコミック版が発売された。私は予約注文をして発売と同時に読んだ。もともと集英社のYOUというコミック誌に連載されたものの中から、小説「ふるさと銀河線 軌道春秋」に重なるものを集めて一冊にしたもののように思える。
映画の場合は原作とくらべて「原作の味が損なわれた」、という話はよく聞くが、この二つの「ふるさと銀河線 軌道春秋」はそんな心配はない。
なるほどこんなふうに絵になるのか、と思いながらコミックを読んだ。原作が緻密な取材によるものなので、絵もそれを反映してか丁寧で、細かに描かれている。
このコミックには小説版にない話が一つある。
「ひとり咲き」である。
今度は反対に、高田郁さんの原作だが小説にするために筆をとるとどう書き表されるのかなあ、と思ってしまう。
YOUに連載されたものが、コミック本として完全復活し、原作もすべてが小説になってほしいと思う。

この二冊の本を読んだ影響で、DVDを一つ借り、本を一冊買った。
幸福の黄色いハンカチそう、「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」である。
高倉健さんと倍賞千恵子さんがいい。もちろん桃井かおりさんも映画デビューの武田鉄矢さんもフレッシュでいいが、やっぱりこの映画は高倉健さんと倍賞千恵子さんだ。
以前に何回か見たが日本映画の名作だと思う。原作はアメリカだが、日本でしか撮れない映画だとも思う。今回は映画に再び感動しながらも目的は「陸別」探し。関寛斎とつながる陸別を見たかった。
なるほどー。
高田郁さんの「ふるさと銀河線 軌道春秋」を読んだ後は、このDVD「幸福の黄色いハンカチ」をみることをおすすめする。
冬の陸別も魅力的だと思うが、私は夏の陸別に行ってみたい。満天の星空、そこにある「銀河の森天文台」に行ってみたいものだ。

IMG_20131225_0001買った本がこの詩集。
「寺山修司詩集」
私は詩集はめったに買うことがない。
でも今回は買うことに決めた。
小説では一番最後に、
コミック版では一番最初に取り上げている作品が
「幸福が遠すぎたら」。
舞台は2001年。
16年前に出した手紙、ポストカプセル郵便が届く。
16年前に21,22歳だった主人公たち3人の出会いが紡ぐ物語。
そこに登場するのが、寺山修司さんの詩。
1993年出版の「人生処方詩集」にのせられた詩らしく、タイトルは
「幸福が遠すぎたら」。
「人生処方詩集」が手に入らなかったので、この詩がのっているハルキ文庫「寺山修司詩集」を買った。
この詩を紹介して、2013年のブログおさめとする。

幸福が遠すぎたら
寺山修司
さよならだけが
人生ならば
また来る春は何だろう
はるかなはるなた地の果てに
咲いてる野の百合何だろう

さよならだけが
人生ならば
めぐりあう日は何だろう
やさしいやさしい夕焼けと
ふたりの愛は何だろう

さよならだけが
人生ならば
建てたわが家は何だろう
さみしいさみしい平原に
ともす灯りは何だろう

さよならだけが
人生ならば
人生なんか いりません

 

 

 

炊き込みご飯 2

IMG_20131107_0001新聞に「炊き込みご飯」のレシピがのっていたので、作ることにした。
この記事にはご飯のおいしい炊き方が解説されているので紹介する。
「ふっくらして適度な粘りがあるご飯は、炊く前に比べて2.3倍の重さに増えています。米粒の中に水分が入ったためです。その水分がおいしさのコツです。とお茶の水女子大教授(調理科学)の香西みどりさんは話す。蒸発する水分もあり、水は米の重さの1.5倍加えるのが基本。今回の五目炊き込みご飯(4人分)には米をコメ用カップで2カップ(360g)使うので、水分は540cc(水は1ccが1gで計算する)となる。
白いご飯を炊くなら540ccのすべでが水でいい。しかし、炊き込みご飯の場合は、しょうゆなどの液体がさらに加わるため、それでは水分の総量が超過になり、軟らかすぎるご飯になってしまう。
米は洗って水を切る。今回は酒、しょうゆ、干ししいたけの戻し汁を計約100cc使って味を付けるため、その分を引いた440ccの水に米を浸し、30分以上おく。・・・」なるほど、なるほど、このやり方でやってみよう。

IMG_6957お米を2カップ、重さをはかるとなんと300グラム。新聞では2カップが360グラムとなっているが、家の炊飯器用のカップは小さいのがわかった。
そうすると300×1.5=450だから、水は450ccとなる。酒、しょうゆ、干ししいたけの戻し汁で100ccを使うとことになるから、450−100=350で、350ccの水に浸けておくことになる。

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米を洗い、水をきる。
洗った米を炊飯器にいれて、さきほどはかった水350ccを入れて、30分。

IMG_6964この間に、具の用意をする。
干ししいたけ2個をぬるま湯(プラス砂糖)でもどし、石突きをとってから薄切りにする。この時の戻し汁は後で使うのでとっておく。
ごぼう(40グラム)はさきがけにする。
にんじん(40グラム)はイチョウ切りにする。
油揚げ(1枚)は熱湯をかけて油抜きをし、二枚に切って1センチぐらいの幅に切る。
鶏もも肉(60グラム)は、一口サイズに切って、酒小さじ1,しょう油小さじ1/2をもみこむ。

IMG_6967付け加える水分を準備する。
新聞には、しいたけの戻し汁大さじ3,酒大さじ1と2/3、しょう油大さじ1と1/3、塩小さじ2/3とあるが、これだけでは100グラムにならない。ここに水を足して100グラムにするのだろうか?
それともこのままの分量の水分でいいのだろうか。わからないので、しいたけの戻し汁、酒、しょう油を少しずつ加えて100グラムにすることにした。
後からしょう油などを加える理由を新聞にはこう書いてある。
「同じ液体だからといって、しょう油などを一緒に加えないことが重要だ。普通の水に比べ、調味料を加えた水は米に浸透しづらく、芯が残る原因になります」。 ふ〜ん、なるほど、これは初めて知ったことだ。。

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30分浸けてあった米に、酒やしょう油などで作った水分100グラムを追加する。
さっとかきまぜて、その上に具をのせる。
具と米をかき混ぜないこと。新聞にはこう書いてある。
「大きな具を混ぜて炊くと、米に均等に熱が伝わりにくくなり、芯が残ってしまうこともあります」。
具だけをゆっくりと混ぜて、米には混ざらないようにした。
ここで、炊飯器のスイッチをポン。出来上がるまで他のおかずの用意をしましょう。

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炊きあがってから、具とご飯を大きくかき混ぜる。
お米一粒一粒が輝いていますね。
食べた口あたりは、これまで作った炊き込みご飯で一番だった。
やはり水加減が重要なのだ。
今回は、自分が使っているカップの量、1カップが何グラムか確かめたことが、正確な水加減につながったと思う。
おいしい炊き込みご飯のために、さらに研鑽が必要ですね。

 

 

 

第65回全国人権・同和教育研究大会

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ひと月前になるが、11月23日・24日と徳島県で「第65回全国人権・同和教育研究大会」が開かれ、行ってきた。県内外からの参加者は12000人を越えたという。人権に関わる全国研究会は、この「全国人権・同和教育研究大会」にまさるものはない。徳島県の力の入れようはすごいもので、例えば写真の徳島駅。構内には全体会場「アスティとくしま」へのシャトルバスの乗車券発売所が現地実行委員会によって臨時で設置され多くの人が利用した。

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全体会は「アスティとくしま」の大ホールの定員5000人をいっぱいにし、あふれるほどだった。
来賓挨拶は、文部科学省の児童生徒課長、徳島県知事、県議会議長、市村町会代表(徳島市長)の四人。他に来賓として運動団体、教職員組合、日本PTA、県内の教育長会、校園長会などの様々な団体の代表が出席されていた。文字通り県内の組織を上げて人権・同和教育を進めていく姿を示しているかのようである。左の写真は知事の挨拶の様子。
分科会会場には案内の看板や「第65回全国人権・同和教育研究大会」と染め抜いた旗がひらめき、県外からの参加者が迷わないように配慮されていた。

下の記事は「徳島新聞」のネット版からのもの。特別分科会の様子がわかる。
徳島新聞

箱廻しと三番叟まわし
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全体会は9時30分に開会する。しかしこれまでの大会の多くがオープニングとして開催地の取り組みを特別に紹介する。和太鼓であったり、子どもたちの演奏であったりと。今回は徳島の伝統芸能である箱廻しがあるに違いないと思い9時前に会場に入った。予想通りだった。オープニングイベントとして「三番叟まわしの紹介」と「四国大学の学生による演奏」があった。
上の写真は午後の特別部会「展示と交流」で「阿波木偶まわし保存会」による「三番叟まわし」の実演。
全体会で辻本絵蘭さん(徳島県人教・芝原生活文化研究所)による現地報告「三番叟まわしを受け継いで」を聞いた時、是非本物の三番叟まわしをもっと近くで見なくては、と思い「展示と交流」の会場にタクシーで駆けつけた。期待通りの、期待以上の素晴らしい演技だった。
木偶そのものの美しさとともに、木偶を操る演者さんの姿・形が美しい。妻は「あの声がいい」と感想を言っていた。

IMG_6341三番叟は歌舞伎や文楽、能で演じられているのは知っているし、歌舞伎でも何回か見たことがある。でも何かよくわからないが古式の芸かな、というのが本音だった。
今回の徳島の「三番叟まわし」のことから、もともとは能よりも古い芸がルーツにあるらしいことを知った。
IMG_6347当日の資料によると、
◎「箱廻し」町の中の芝居小屋農村舞台で演じられた「絵本太閤記」や「傾城阿波鳴門」などの人気外題を路傍で演じた道の芸。二つの木箱に数体の木偶を入れ、天秤棒で担ぎ移動して稼いだ。
◎「三番叟まわし」徳島県の正月を彩った祝福芸の代表。荒神を拝んだ後、千歳、翁、三番叟で「式三番叟」を語り、無病息災や五穀豊穣を祈る。そして「えびす」をまわして(人形を遣い)商売繁盛や豊魚を予祝した。
◎「えびすまわし」えびす木偶を左手に持ち、家の門に立ち、祝言を述べて門付けをする。芸人は男性にかぎらず女性も多く見られた。江戸期の「高松村風俗門状答」にも、正月の門付け芸として記載されている。
◎「門付け」諸家の門口に立って祝言を述べたり芸を行い、心づけをもらう芸。季節ごとに神が村落の家々を訪れ祝福を与え、村人から歓待されて去っていくという来訪神(まれびと)信仰にもとづく。正月の門付け芸は、萬歳、春駒、太神楽、えびす舞、猿回しなど多彩である。

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門付け芸はこの現代にはもう失くなったと思っている人がほとんどだと思うが、実はそうではない。写真は堺市初芝駅での獅子舞の門付け。これは伊勢大神楽というもの。毎年12月に入ると伊勢からやってくる。

IMG_20131203_0002この本は全体会場で買った。徳島の伝承文化としての「箱廻し」「三番叟まわし」について、聞き取りを含めて詳しく書かれている。
日本の芸能文化の多くは、当時の被差別民衆によって作られたことはよく知られている。たとえば歌舞伎が出雲の阿国という被差別民に由来するなどと言われているように。
徳島などにあった木偶箱廻しは徳島人形浄瑠璃芝居(国の重要無形文化財)のルーツの一つと言われている。その文化の伝承に被差別民衆も担ってきた。
その文化も産業構造の変化、高度成長政策、同和対策事業などによって姿を消していったのである。「差別を恐れるが故に姿を消さざるをえなかった」と「阿波のでこまわし」の筆者辻本一英さんは述べられている。
この誇れる文化を復活させたのが、全体会の現地報告をされた阿波木偶箱まわし保存会の人たちなのである。
復活された「三番叟まわし』や「えびすまわし」は、保存会の人の手によって、今も年が明けると数百件の徳島の村々に福を届けるために回っているという。私は全体会、特別部会で直接に「三番叟まわし」や「えびすまわし」を見たが、民衆の作り上げてきた芸能とはこういうものなのだ、生活に根ざした文化なのだとあらためて思った。

全体会1アスティとくしまが満員になった会場で現地報告をされた辻本絵蘭さんは、報告の最後を次のような内容の言葉でしめくくられた。
「こんなにたくさんの知らない人の前で話をするなんて、話をする前はとても緊張していました。でも話しながら、ここに来ている人たちは私と同じように、差別をなくするために取り組んでいる人たち、学校の先生達や行政の人、地域の人達と思うと気持ちが楽になりました。とても楽しく話すことができました・・・・」
会場いっぱいの拍手がわいた。数千人の人たちの心がふっと軽くなり、なんとも言えない温かい感情がわいてきた瞬間であった。多くの参加者が微笑んでいた。
これが「全国人権・同和教育研究大会」のよさである、と思った。
来年2014年度の大会は高松市を中心にしてひらかれる。