映画「風立ちぬ」と計算尺 1

IMG_20131004_000210月21日「国際反戦デー」

映画「風立ちぬ」を見た。
感想をまとめようとインターネットで調べてみると、あるある、出てくる出てくる、映画「風立ちぬ」の感想が。
肯定的なものが多いが、批判的なものも結構多い。

戦争についての思想について、男性観や女性観について、喫煙について、アニメの手法について、宮崎駿監督への思いや考え方、それも映画を見たうえの感想や映画を見ていなけれどその論争に加わっての意見など、驚くほどあった。
分量も、「楽しかったです」のような短いものから、A4数ページにわたる論文のようなものまで。
さすがスタジオ・ジブリの作品、宮崎駿監督の作品と思わされる。

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私はジブリの作品はまあ見ている方だが全作品を見ているわけではない。世間の評判に惑わされることもあるが、自分のちよっとした好き嫌いで見ていない作品もある。そんな私がこの「風立ちぬ」を見ようと思ったのは、ゼロ戦や設計した堀越二郎さんに興味があったことと、映画の宣伝に出ていた、クロード・モネの「パラソルをさす女」のように絵を描いている菜穂子の姿に惹かれたことにもある。

IMG_20131020_0001_2もうひとつ、私を映画館に足を運ばせたのは、計算尺。
この映画で、計算尺が登場しているというのを聞いて、よし見に行こう、となった。
計算尺は映画が始まった早々に登場する。それも計算尺の本来の使い方と全く違った使い方で。

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私が感慨深く見たのは、二郎が残った仕事を家に持って帰ってきて、菜穂子の寝ている横で仕事の続きをはじめるところ。
「手をください」と菜穂子がふとんから手を出す。
二郎はその手をにぎったまま仕事を続ける。
「片手で計算尺をあつかうコンクールがあったら、ぼくはきっと一位になるね。」

計算尺を扱ったことのある人なら、そんな無茶な、と思うに違いない。
計算尺はもともと両手で扱うようにできている。
でも、二郎は菜穂子の手をはなさなかった、、、、。
限られた命を生きるぎりぎりの姿がそこにある。

計算尺は昭和52(1977)年度の学習指導要領改訂まで中学校の数学で教えられていた。私も中学校で習ったし、無理を言って買ってもらって高校、大学まで使っていた。
現在50歳、51歳以上の人たちが学校で習った経験があると思う。しかし関数電卓が安く手に入るようになってから計算尺は第一線を退いた。かつて世界の計算尺の過半数が日本製と言われていたが(NASAも使っていた)、現在の日本では、映画に出てくる形の計算尺はもう作られてはいない。インターネットのオークションで数千円で取り引きされているのも、きっと映画「風立ちぬ」の影響だと思う。

日本が戦争をしていた頃はパソコンもなかった。計算尺とそろばんが戦闘機を作り、戦艦を作った。
そんな時代を生きてきた若い男女の姿を通して、現在の私達に「生きろ!」というメッセージを伝えようとしているのがこの映画だ。

もう少し映画のこと、計算尺やゼロ戦について書きたいが今回はここまで。
*写真は映画のパンフレットと「徳間アニメ絵本 風立ちぬ」から。

 

 

 

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