ピクチャー・ブライド

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ハワイに移民した日本人のことも知らなくてはと見たビデオがこれ、「ピクチャーブライド」。

昔、工藤夕貴が主演の映画があったはず、と思い探したがTSUTAYAにはない。宅配レンタルにもない。本当に無い。
アマゾンで探すと、19980円。海外版が830円であったがリージョン1で私のビデオデッキでは見れない。

ピクチャーブライド1 左の写真が海外版の「Picture Bride」。

またもや見たい映画が見れない状況になった。こういう時にたよりになるのは大阪市立中央図書館。
VHSのビデオが借りれた。
映画は次のようなテロップから始まる。
「20世紀初め写真の普及がアジアの見合い結婚を変えた。相手に会うこともなく家族や仲人が写真一枚で遠方や海外にいる相手との縁談を決めた。1907年から24年にかけて日本・韓国の若い女性2万人以上が花嫁となるためにハワイへ渡った。彼女たちは『ピクチャーブライド』と呼ばれた。この映画は彼女たちの物語である」
内容を資料によって簡単に紹介すると、
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監督・脚本を担当したカヨ・マタノ・ハッタ、マリ・マタノ・ハッタは日系三世の姉妹で、自分たちの家族のルーツをもとにこの映画を製作したそうだ。
この映画iに出てくるマツジのように、若い頃の写真を渡して年をごまかしたり、あるいは男前な友人の写真を借りて渡すことは実際にあったらしい。映画はハッピーエンドになっているが、現実にはこういったことが原因で妻が別の男と駆け落ちしてしまうなど、写真結婚は悲劇を生むこともあったようだ。(映画の中でも語られている)

映画では、サトウキビ畑の農作業だけでなく、活動写真や盆踊り、男たちが出入りする賭博場などの娯楽も描かれている。活動写真の弁士役で、なんと三船敏郎が登場している。(三船敏郎の最後の作品といわれている。)
リヨ(工藤夕貴)と同じく写真花嫁だったカナの役を演じたタムリン・トミタは、日系人の女優。『愛と哀しみの旅路』(原題:Come See the Paradise)という映画でも、第二次大戦頃のロサンゼルスに住む日系二世の役を演じている。こちらも、戦前の日系人の生活や、戦時中に日系人が入れられた強制収容所の様子などがよく描かれているので、日系人の歴史を知るにはお勧めの映画である。

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ピクチャーブライドの背景には日本とアメリカの関係が背景にある。1907年に日本からの移民を原則禁止する紳士協定が日米間で結ばれ,1908年以降集団移民の時代は終わる。ハワイに移民している多くの男性日本人が日本人の花嫁を迎えたいということから、最後に唯一残った移民方法として「呼び寄せ移民」を利用した。それがピクチャーブライド(呼び寄せ花嫁)の始まりだったといわれている。そして1924年にはアメリカの排日移民法が成立している。映画の最初に「1907年から24年にかけて・・・」という説明はこの歴史的事実からある。
また映画では、農園主が賃金と待遇によって、日本、沖縄、韓国などのアジアの国や他の国々から来た労働者が団結しないように分断をはかっていた様子も表されていた。映画にあるようにストライキも何回も行われていたそうだ。
私が驚いたのは、リヨが隠していた暗い過去−それが両親が肺病(はいびょう−結核)で死んだこと、そしてそれを知ったマツジの異常な反応。結核というものの当時の社会的な位置を知らされたことだ。差別や偏見が社会的に作られてきた一例といえる。
工藤夕貴さんは、16歳からハリウッドに挑戦し、オーディション合格のために苦労して英語を習得し、様々な壁にぶつかって自分を磨いてきた俳優として私は知っている。その英語がこの映画で聴ける。レンタルビデオにないのが残念な作品だ。