プリンセス・カイウラニ

口径30m天体望遠鏡がすばる望遠鏡と同じハワイのマウナケア山(4205m)に設置されるということを知って、TMTを見に行く前にはハワイのことを勉強しておかなくてはと思っていた時にこのビデオが目に入った。
スクリーンショット 2013-06-25 16.17.19 2時間弱の映画だったので一息に見た。ラブロマンス半分の映画だったが、いやー知らなかった。ハワイの歴史も戦乱と民族間の闘いがあったのだ。
この映画は歴史映画ではない。
カイウラニ王女のイギリスでの民族差別体験などが表現されていたが、映画でハワイの歴史がすべてがわかるはずもない。
しかし、ハワイの歴史の概観に触れ、これからハワイについて勉強しなくては、と思った。
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この写真が実際のカイウラニ王女。ハワイ7代国王カラカウア王の妹・リケリケ王女を母に、スコットランド人アーチボルド・クレグホーンを父に生まれた。
1889年13歳からイギリスの女子寄宿学校に留学。留学中にカラカウア王は死去。このときハワイは欧米系住民だけの選挙権だけが認められており、(映画によると人口の90%を占める先住民のネイティブハワイアンには選挙権なし)、女王リリウオカラニは即位すると復権に力を入れるが、1893年、カイウラニ王女が17歳になったころ、欧米系住民によるクーデターが起こりハワイ王国は滅亡する。
カイウラニ王女はすぐに父とともにアメリカに渡り、クリーブランドアメリカ大統領との面談に成功し、クーデターの不当性、無効を訴える。アメリカの国民の世論も欧米系住民よりハワイ王朝に味方し、女王リリウオカラニに政権が一度は戻されるが、欧米系住民は内政干渉としてハワイ共和国を設立。
ハワイ人たちは立ち上がり、武器を持ち衝突。2週間に及び戦った後、鎮圧され女王リリウオカラニは反逆罪で逮捕され幽閉された。
カイウラニが22歳になったとき、ついにアメリカがハワイを併合。1897年11月、王朝の復活が消えカイウラニ王女は8年ぶりにハワイに帰国。翌年かぜをこじらせて(一説では結核で)死亡(23歳)。
9bd23fcc119f52e5b33e673332c6e6d9 この写真はワイキキの中央、カイウラニ通りとクヒオ通りの交差点にあるアイナハウ・パークに置かれているプリンセス・カイウラニの像。いつもレイが捧げられているとのこと。ハワイに行った時には是非とも見ておきたいところ。
この映画の最後に、「1993年クリントン大統領は議会の承認を経て謝罪決議案に署名 合衆国がハワイ王朝を転覆させたことを公式に謝罪した」という内容のテロップが流れた。
過去の行為を反省し謝罪したことは素晴らしい。しかし、奪われた文字や文化や財産は返ってこない。

 

 

 

 

 

 

 

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